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私の好きなもの。文房具、葉巻、車、その他のものについて書いていくことにします。
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組織の効率化のため、分業化、専門化が叫ばれて久しい。

自分も組織に属し、また組織の形作りに関わるバックオフィス部門にいるので、いかに組織を作り上げるのかは重要な課題となる。

そのような観点から、有斐閣アルマの「組織論」などを読み始めたりしているのだが、どうにも無味乾燥で進まない。

ちょびちょび読んでいるかたわら、「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」(西村博之著)を読んだ。その中で組織論的に大事と思える示唆があった。

それは、分業化がすすんでしまうと、組織全体に関わる問題が起きたとき解決できる人がいなくなる、ということだ。

その示唆をふまえるならば、ある程度横断的に全体を知っている人が複数人いることが、何か問題が起きたときのリスクヘッジになる。

しかし、専門特化することによる高効率化をすべて捨てるわけにはいかず、分業化を完全否定することは難しい。
そうなると、例がマイナーだが、ウィルコムのマイクロセル展開のように、複数の基地局が重なり合うような展開をしていくことが望ましい。

それには2種類の組織展開方法があるように思う。

一つは、専門分化した複数の部ごとに上位組織をつくり、その上位組織は、下部組織の業務を横断的に理解・把握するようにしておく方法。

もう一つは、上位組織を作ることなく、すべての部が、関連・隣接する部の業務を把握・理解できるように、人員配置・教育・研修を行うという方法。

両者ともにデメリットがあり、前者はヒエラルキーが発生してしまうのと同時に、そのような上部組織を作るのは人員配置・教育的に難しいという点。後者は、専門分化をある程度弱めてしまうので、効率は悪いといううえに、教育・研修コストも増える。

ただ、両者ともにメリットもあり、結局はどのような組織なのかによって適切な方を選択するしかないだろう。
その選択も難しそうだが…
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池田信夫 blog:日本の政治はなぜ「変化」できないのかという記事中の以下の部分、

さらに深刻な問題は、一つの地域の中でも利害が均一ではないことだ。現在の日本経済で最大の対立は、払った以上の年金をもらい、天下りなどによって戦後の高度成長の果実を「食い逃げ」しようとする団塊以上の世代と、その逆に年金収支はマイナスになり、中高年の終身雇用を守る犠牲でフリーターになっている若い世代の世代間対立である。これは世論調査では明白だが、選挙結果には反映されない。おかげで若い世代が政治に絶望し、投票率が低くなるため、よけいに老年・農村の利益が選挙結果に反映される・・・という悪循環になる。

そのとおりの世代間対立があること、および、世論調査でも明白であることを認識している団塊以上の世代が少なすぎる。
若い人がたくさんいるところで平気で「年金が少なくて困る。若いやつが払わないからだ。」とか言っちゃう人がいるのがすごい。
「いままでがんばったから、年金を十分もらえるのが当然」という認識があまりにまかりとおっていてびっくりする。

上記のような有名なブログで指摘されて、ちょっと安心した。


「残業代出なかったら、さっさと帰る」舛添厚労相が持論

「家族だんらん法案」「早く帰ろう法案」などの名前にすべきだった
おお、明確な印象操作。こんなことが、未だに国民一般に通じていると思っているのかしら。
今回の参議院選挙での自民党の敗北は、失言・年金・定率減税廃止あたりが注目されているけれど、もうひとつ、このW・Eで確実に支持を失っていたことも大きな要因の一つ。

「過労死」「サービス残業」という言葉が、一般に通用するという事実一つをとっても、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」などという認識が誤りであることは明らか。

また、懸念として、

ホワイトカラーエグゼンプションにより労働時間は経営者の管理対象から外れるので、万が一従業員が過労死した場合も、従業員の自己責任で片付けられる可能性が出てくる(奥谷禮子などすでにそう公言している経営者も多い。奥谷の発言は「06/10/24 労働政策審議会労働条件分科会 第66回(議事録)
(Wikipediaより引用、ちなみに、奥谷禮子氏は、日本郵政株式会社社外取締役)

そもそも、「働き方の改革」をしたいのならば、なぜ、日本経団連などの「使用者」側の意見を広く取り入れるのだろうか。「労働者」側からの意見を広く取り入れるべきだ。
先日から世間を賑わせている愛知の女性拉致殺人事件ですが、主犯格と目される容疑者は、神田司という男のようです。


この男は、朝日新聞の新聞勧誘員なのですが、それについて。

まず、朝日新聞の報道(ウェブサイト

▽愛知県豊明市栄町西大根、新聞勧誘員神田司


朝日新聞の新聞勧誘員だと書いていません。

で、その朝日新聞社が筆頭株主であるテレビ朝日における看板ニュース番組、報道ステーション。
この報道ステーションには、朝日新聞の編集委員でもある加藤千洋さんがコメンテーターとして出演されており、当該ニュースについてコメントもしています。

今、やってましたが、スルーです。
いつもそうですが、都合の悪いことは全部スルーです。
なぜか、悪いのはインターネット上のサイトということになっていました。

インターネットのサイトも問題かもしれませんが、普段責任をはたせだの何だの偉そうに言ってるマスコミが自分には関係ないとばかりにスルーしている方が問題じゃないですかね。

もっともらしく被害者の母親のコメントなんか流して。そんな資格あるの?

私は、法学徒である。そして、もちろん、憲法も学んでいる。
他方で、私は愛国者である。そして、近年の日本の情勢に危機感を覚えている。

近年、特に戦後は、日本は、日本国憲法前文と同9条において規定される「平和主義」に基づき、日米安保条約を一貫して守り、アメリカの庇護の下、平和な時間を享受し、60余年この平和な地で戯れてきた。
しかし、戦後すぐのロシアによる北方四島略奪、韓国による竹島略奪だけでなく、小笠原諸島周辺域でも中国と争っている。
そして、さらには、韓国による対馬への侵略試行である。

2chという選択肢を出すまでもなく、韓国という国の文化、民度に対する批判は、世界中どこでもおこっているというソースをいくらでも見つけ出せる。それらのソースがなければ、2chでの嫌韓ムードは成立し得なかっただろう。
また、中国の覇権主義は、ソースを出すまでもなく常識的ですらある。そして、かの政府が行う行為として、非人道的な面が多々あるということは、チベットの現状・文化大革命などの例を挙げれば明確にわかる。

さらに現状、アメリカの考え方も定まらない。
今まで、アジアの大国といえば、日本をおいて他にいなかった。
しかし、中国やインドなどの国は、規模も経済力も大国へとなってきている国々がある。
アメリカが、これらの国々との関係を考える上で相対的に日本への優先度が低くなっていること・低くなっていくことは明白である。(これまでも別に優先度が高いとはいえなかったが)

そして、中国・韓国(朝鮮)・アメリカの3国に共通することは、日本を批判すれば選挙で票を集められるということである。すなわち、嫌日なのである。
政府レベル・一般人レベルに分けて考えたばあい、政府レベルで好日なのは、中国とアメリカ。一般人レベルで好日なのは、かろうじてアメリカのみ。韓国は、政府レベルでも一般人レベルでも反日である。

一方で、「世界に好影響を与えている国ランキング」では、日本が1位である。
また、日本製品は、どの国でも売れている。車やアニメもそうだ。

この複雑な情勢の中で、そもそも、日本の対外的独立性が害されはしないか、誰しも不安になるのではないか。

我らは、戦後、戦争によってできた大きな傷を振り返り、今後、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの無いようにすることを決意した。
そもそも、我らが、戦争を起こしうるだけの武力をもつに至ったのは、アヘン戦争による中国侵略をはじめとするアジア地域への欧米列強の帝国主義をはねのけるためであった。それは、すなわち、他国にたいする「不信」から発したのである。
そして、日本国憲法は、戦争の惨禍が起こることの無いようにすることを決意し、武力を放棄するのは、「諸国民の公正と信義に信頼」するからであるとしている。まず、「信頼」をし、だからこそ武力を放棄し、戦争を絶対否定するということである。
しかるに、どうであろうか。今、「信頼」できるであろうか。
先人が、いかに、周辺諸国を正しく理解していたのか、それを理解しうることばかりではないか。

ある政党は、「平和主義を守るために日本国民が死ぬのはかまわない」と考えているようだが、平和を享受する者の存在を無視してどうして「平和主義」なる観念が生まれ得ると考えているのだろう。
日本ではなく、周辺諸国のために「平和主義」があると反論が考え得る。では、われらがそもそも生存する権利を認められているのはなぜであろう。周辺諸国のための「死ぬ義務」があるのだというのならば、われらには生存する権利が認められていないことと同義ではないのか。

GHQを率いたマッカーサーですら、太平洋戦争における日本の主たる意図は、「自衛」のためであったと認めている。
暴走はあったかもしれないが、あの戦争のすべてを否定し、あの戦争の結果として、われらの生存する権利が奪われたと考えるのは、あきらかに思考停止ではないのか。

「我々には、我々自身を守り、生き抜く権利がある」

そう唱えることが、悪いことであろうか?
我々が、我々の身を守るために、「武力」という力を使うことがそんなに悪いことであろうか?
もちろん、「武力」に限らず、「力」には濫用の危険がある。
しかし、濫用の「危険性」をおそれて、現実の危難に対処できないのと、
「危険性」をおそれず、現実の危難に対処するのでは、どちらが生存する権利をもつ人間として正しい態度であろうか。

人間が人間として生きる権利を持つ以上、そこにはどうしても阻害される利益というものがある。
濫用されるおそれがあり、そして、それが実際に濫用され大きな被害を及ぼしたとしても、
それは、人間が人間として生きる権利を持つ結果として、悲しいことに、仕方のないことではないのか。

もちろん、簡単に容認はできない。
だからこそ、濫用の危険性を最小に抑え、事前の対策だけでなく、事後の対策手段も用意するべきだ。

しかし、やはり、濫用の危険性のために、権利を行使させないというのが、「生ける人」として正しいとは思えない。


我々には、生まれながらにして人権が保障されているとされる。

では、「私は生きている」というただそれだけで、他人は絶対に私を侵害しないのか。

そんなことはありえない。

アンネ・フランクは、政府自身の行為によって人権を認められなかった。
結局、人権とは、政府・国が保障するものなのだ。
国に自衛権がなければ、対外的独立権たる主権が無ければ、
そこに住まう人々に「人権」などありえないのだ。

そのことを理解せずに論ずる法律論・憲法論議など、何の役にも立たない机上の空論であり、有害ですらあると私は思う。
憲法が、国民を害するものであってはならない。憲法とは、国民のためにあるべきだ。

私は、日本国憲法のあまっちょろい部分が好きだ。
すばらしいとすら思う。しかし、現実をみれば、そんな思いもなくなる。

将来、日本が自衛軍をもつとしても、その責任が日本政府にのみあるとするのは間違っている。
結局は、「信頼させてくれない」周辺諸国が、遠因であるということは忘れないでほしいものだ。
韓国は、理解もしようとしないだろうが。

よっけのぶろぐ | 史上最悪の改訂始まる

みどりうかブログ ゴールドプラン、Y!ボタンを押したら「S!ベーシックパック」自動適用!?

MobileDataBank - SoftBank Wiki Community - MobileDataBank - SoftBank(Vodafone) Wiki Community

詳しい事は、上記リンクから辿って頂ければわかると思います。ただ、どれも、現時点でかなり重いです。アクセスが集中しているのか、それとも他のなにかかはわかりかねます。

概要だけ。ソフトバンクは、ゴールドプランの顧客に対し、パケット通信をした場合には自動的に、「S!ベーシックパック」に加入したものと見なしその月から契約料315円を請求するとするようです。ドコモで言うiモード契約料です。間違って「Y!」ボタンを押したらもう契約発生です。(記: Y!ボタン押下後、さらに何かその先のメニューを押下すると契約発生となるらしい)

しかも、おそらく、翌月以降も契約という形になるのでしょう。
ゴールドプランは、原則郵送による請求書発送をしません。請求額、請求内訳は、Webでの確認という形になりますが、いったいどれだけのユーザーがそのサービスを利用するのでしょうか。
銀行やカードでの自動引き落としにしている人は、月額315円増えていても気づかないおそれもあります。毎月毎月ほとんど利用しないにもかかわらず、「S!ベーシックパック」の契約料を払う事になるのです。

また、問題はそれにとどまりません。
本来なら契約していないわけですから、パケット定額サービスも契約しているわけがありません。「使えるから」といって、着うた1曲でもダウンロードした日にはすごいことになります。

こんな契約がゆるされてよいのでしょうか。少なくとも、SMSのお知らせなんかで十分に顧客に配慮したといえるでしょうか?…ソフトバンクモバイルさん、よく考え直して頂きたい。




めずらしく欲しいCDが出ました。
アニメ版デスノートのオープニング/エンディングテーマの2曲を収録したCDです。

私は、デスノートが大好きなのですが、この2曲は、主人公である「月(ライト)=キラ」の心情をよく描写した歌詞になっているのが特徴です。


「黒くゆがんだ現在を 夢、理想に変える」(The WORLD)

月=キラの目的とは、人間社会を夢や理想にあふれたものに変えるというものでした。
そして、その根底には、現在は黒くゆがんでいるという認識があるのです。
私は、そこまで人間に絶望しては居ませんが、たしかに社会を根本から変えられたらいいなと考える事はあるのです。

私のもう一つ好きなアニメにガンダムがありますが、月=ライトは、シャアの立ち位置に似ています。
シャアは、人類すべてをニュータイプへと革新させ、「分かり合える人類」による世界を作ろうとしました。(逆襲のシャア)
それに対し、アムロは、「貴様ほど急ぎ過ぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない」と反論しますが、まさにこの反論は的確であるように思います。

月=キラも、シャアと同じく、人類の変革、社会の変革へ急ぎ過ぎ、(一部or全部の)人類への絶望を胸に行動をしたといえるように思います。

結局、人類の変革をゆっくりなものでよいと考えるか否か、人類への絶望の過多で、キラ派かL派かに分かれるのではないでしょうか。


「愛した故に 芽生えた悪の花」(The WORLD)

人類を、やさしい人間を愛したが故に、大量の殺人を肯定するという「悪」を犯す事を覚悟した、というような意味でしょうか。

月=キラは、自分のやっている事が「悪」だと認識しています。
そして、その「悪」を「犠牲」と言い換える事で正当化し、人類の変革という「目的」のため、いかなる行為・悪をも正当化しています。
(ガンダムにおけるシャアも、「どんな独裁者も犯したことのない罪」「だれかが人の業を背負わなければならない」との言葉にそのような意識があると読み取れます。)
そして、月は、うまくいけば、その悪を正当化するという行為が、最終的には人々に指示されることもわかっているのです。
現実にこれに近い行為が、クーデターという奴で、先日タイでおきたクーデターも民衆におおむね指示されていることが、良い例でしょうか。

我々は、法治国家に生き、そして、民主主義国家に生きています。
そして、その2つによって生成される国家は、「手段」「手続」の正当性というものが最大限確保される、という特徴を有します。
我々は、それこそが、人類に対し、最大多数の最大幸福をもたらすものと確信し、その制度によって国家を生成したとされています。
しかし、誰もが、そこに潜む矛盾を感じながら生きているのです。

その矛盾に対しては、「手段」「手続」を踏んでは解決できないものもあるのでしょう。
デスノートは、そういうものへの問題提起になっている漫画であると思っています。(ちなみに、「24」というドラマもそうであると思っています)


「犠牲の枷に足を取られても 溢れる衝動押さえきれない 強く求める心があるから」(アルミナ)
「星など見えない宇宙(そら)見上げ 『迷いはないか』と自分自身に問いかける」(アルミナ)」

「罪悪感という枷に足を取られている月=キラ」「自分自身の正義に葛藤する人間らしい月=キラ」をうまく表現していると思います。


「まじめな奴ほど極端から極端に走る(「幽々白書」より)」という言葉がありますが、ほんとうにその通りだと思います。
今の自殺騒ぎも、死という極端な選択肢に走ってしまうのは、まじめであるからという側面があるように思います。

是非、子供たちには、くそ真面目に生きなくても良いということを教えてあげようと思っています。

すべての価値観は相対的なのです。正義も悪も、真面目も不真面目も。
この世には、法律という最低限のルールがあって、その彼方上の方にモラルという一般人において好まれるルールが存在する。

「法に反しなければ何をしてもいい」というのは、良識のある一般人がとる考え方ではない。ヤクザの考え方だ。

弁護士は、ほとんど法律ぎりぎりのところで行動する。故に、合法的なヤクザと呼ばれるのだろう。

そんなことを考えた夜。
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