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私の好きなもの。文房具、葉巻、車、その他のものについて書いていくことにします。
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私は、法学徒である。そして、もちろん、憲法も学んでいる。
他方で、私は愛国者である。そして、近年の日本の情勢に危機感を覚えている。

近年、特に戦後は、日本は、日本国憲法前文と同9条において規定される「平和主義」に基づき、日米安保条約を一貫して守り、アメリカの庇護の下、平和な時間を享受し、60余年この平和な地で戯れてきた。
しかし、戦後すぐのロシアによる北方四島略奪、韓国による竹島略奪だけでなく、小笠原諸島周辺域でも中国と争っている。
そして、さらには、韓国による対馬への侵略試行である。

2chという選択肢を出すまでもなく、韓国という国の文化、民度に対する批判は、世界中どこでもおこっているというソースをいくらでも見つけ出せる。それらのソースがなければ、2chでの嫌韓ムードは成立し得なかっただろう。
また、中国の覇権主義は、ソースを出すまでもなく常識的ですらある。そして、かの政府が行う行為として、非人道的な面が多々あるということは、チベットの現状・文化大革命などの例を挙げれば明確にわかる。

さらに現状、アメリカの考え方も定まらない。
今まで、アジアの大国といえば、日本をおいて他にいなかった。
しかし、中国やインドなどの国は、規模も経済力も大国へとなってきている国々がある。
アメリカが、これらの国々との関係を考える上で相対的に日本への優先度が低くなっていること・低くなっていくことは明白である。(これまでも別に優先度が高いとはいえなかったが)

そして、中国・韓国(朝鮮)・アメリカの3国に共通することは、日本を批判すれば選挙で票を集められるということである。すなわち、嫌日なのである。
政府レベル・一般人レベルに分けて考えたばあい、政府レベルで好日なのは、中国とアメリカ。一般人レベルで好日なのは、かろうじてアメリカのみ。韓国は、政府レベルでも一般人レベルでも反日である。

一方で、「世界に好影響を与えている国ランキング」では、日本が1位である。
また、日本製品は、どの国でも売れている。車やアニメもそうだ。

この複雑な情勢の中で、そもそも、日本の対外的独立性が害されはしないか、誰しも不安になるのではないか。

我らは、戦後、戦争によってできた大きな傷を振り返り、今後、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの無いようにすることを決意した。
そもそも、我らが、戦争を起こしうるだけの武力をもつに至ったのは、アヘン戦争による中国侵略をはじめとするアジア地域への欧米列強の帝国主義をはねのけるためであった。それは、すなわち、他国にたいする「不信」から発したのである。
そして、日本国憲法は、戦争の惨禍が起こることの無いようにすることを決意し、武力を放棄するのは、「諸国民の公正と信義に信頼」するからであるとしている。まず、「信頼」をし、だからこそ武力を放棄し、戦争を絶対否定するということである。
しかるに、どうであろうか。今、「信頼」できるであろうか。
先人が、いかに、周辺諸国を正しく理解していたのか、それを理解しうることばかりではないか。

ある政党は、「平和主義を守るために日本国民が死ぬのはかまわない」と考えているようだが、平和を享受する者の存在を無視してどうして「平和主義」なる観念が生まれ得ると考えているのだろう。
日本ではなく、周辺諸国のために「平和主義」があると反論が考え得る。では、われらがそもそも生存する権利を認められているのはなぜであろう。周辺諸国のための「死ぬ義務」があるのだというのならば、われらには生存する権利が認められていないことと同義ではないのか。

GHQを率いたマッカーサーですら、太平洋戦争における日本の主たる意図は、「自衛」のためであったと認めている。
暴走はあったかもしれないが、あの戦争のすべてを否定し、あの戦争の結果として、われらの生存する権利が奪われたと考えるのは、あきらかに思考停止ではないのか。

「我々には、我々自身を守り、生き抜く権利がある」

そう唱えることが、悪いことであろうか?
我々が、我々の身を守るために、「武力」という力を使うことがそんなに悪いことであろうか?
もちろん、「武力」に限らず、「力」には濫用の危険がある。
しかし、濫用の「危険性」をおそれて、現実の危難に対処できないのと、
「危険性」をおそれず、現実の危難に対処するのでは、どちらが生存する権利をもつ人間として正しい態度であろうか。

人間が人間として生きる権利を持つ以上、そこにはどうしても阻害される利益というものがある。
濫用されるおそれがあり、そして、それが実際に濫用され大きな被害を及ぼしたとしても、
それは、人間が人間として生きる権利を持つ結果として、悲しいことに、仕方のないことではないのか。

もちろん、簡単に容認はできない。
だからこそ、濫用の危険性を最小に抑え、事前の対策だけでなく、事後の対策手段も用意するべきだ。

しかし、やはり、濫用の危険性のために、権利を行使させないというのが、「生ける人」として正しいとは思えない。


我々には、生まれながらにして人権が保障されているとされる。

では、「私は生きている」というただそれだけで、他人は絶対に私を侵害しないのか。

そんなことはありえない。

アンネ・フランクは、政府自身の行為によって人権を認められなかった。
結局、人権とは、政府・国が保障するものなのだ。
国に自衛権がなければ、対外的独立権たる主権が無ければ、
そこに住まう人々に「人権」などありえないのだ。

そのことを理解せずに論ずる法律論・憲法論議など、何の役にも立たない机上の空論であり、有害ですらあると私は思う。
憲法が、国民を害するものであってはならない。憲法とは、国民のためにあるべきだ。

私は、日本国憲法のあまっちょろい部分が好きだ。
すばらしいとすら思う。しかし、現実をみれば、そんな思いもなくなる。

将来、日本が自衛軍をもつとしても、その責任が日本政府にのみあるとするのは間違っている。
結局は、「信頼させてくれない」周辺諸国が、遠因であるということは忘れないでほしいものだ。
韓国は、理解もしようとしないだろうが。

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